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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)222号 判決 1999年2月16日

大阪府東大阪市吉田三丁目13番15号

原告

奥田朔鷹

訴訟代理人弁理士

葛西四郎

富崎元成

東京都港区元赤坂一丁目2番7号

被告

鹿島建設株式会社

代表者代表取締役

梅田貞夫

東京都中央区京橋一丁目7番1号

被告

戸田建設株式会社

代表者代表取締役

戸田守二

大阪府大阪市中央区北浜東4番33号

被告

株式会社大林組

代表者代表取締役

向笠愼二

被告ら訴訟代理人弁理士

一色健輔

原島典孝

鈴木知

黒川恵

主文

特許庁が平成6年審判第17426号事件について平成9年7月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「ホイールクレーン杭打工法」とする特許第1467438号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和58年11月29日に特許出願(昭和58年特許願第226461号)され、昭和62年8月5日の出願公告(昭和62年特許出願公告第36088号)を経て、昭和63年11月30日に特許権設定の登録がされたものである。

被告らは、平成6年10月14日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平6年審判第17426号事件として審理した結果、平成9年7月17日に「特許第1467438号発明の特許を無効とする。」との審決をし、同年8月6日にその謄本を原告に送達した。

なお、原告は、審判手続において、平成7年2月6日に願書添付の明細書を訂正(以下「本件訂正」という。)することについて審判を請求したが、本件審決において、本件訂正は認められない旨の判断がされた。

2  本件発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)

(1)本件訂正前

走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、前記クレーン本体には起伏自在にブームの一端を枢着し、前記ブームの先端にはブーム挿入部を出没自在に設け長さの方向に伸縮自在にし、前記挿入部の先端に連結したアースオーガー装置を有するホイールクレーン車を用いる杭打工法において、前記アースオーガー装置に取り付けた掘進用のスパイラルスクリューに、前記ブームと前記クレーン本体との間に設けた前記牽引装置により前記ブームを牽引しブームに曲げモーメントを与えて、前記挿入部の先端から前記アースオーガー装置に前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて垂直分力を与える共に(判決注・「与えると共に」の誤記と考えられる。)、ブームの長さをブーム挿入部を引き込める事により逐次縮小させ、前記挿入部の先端に垂直方向の垂直分力を前記アースオーガー装置に加圧しつつ杭打等を行うホイールクレーン杭打工法。

(2)本件訂正後

a. 走行できる車台(2)上に架設されたクレーン本体(3)が水平面上で回転自在に設けられ、

b. 前記クレーン本体(3)には起伏自在にブーム本体(5)の一端を枢着し、

c. 前記ブーム本体(5)の先端にはブーム挿入部(6)を出没自在に設けてブーム(4)を長さの方向に伸縮自在にし、

d. 前記ブーム挿入部(6)の先端に連結したアースオーガー装置(8)を有する

e. ホイールクレーン車(1)を用いる

f. ホイールクレーン杭打工法

において、

g. 前記アースオーガー装置(8)に取り付けた掘進用のスパイラルスクリュー(11)に、

h. 前記ブーム本体(5)と前記クレーン本体(3)との間に設けた前記牽引装置により

i. 前記ブーム本体(5)を牽引しブーム(4)に曲げモーメントを与えて、

j. 前記ブーム挿入部(6)の先端を介して、前記アースオーガー装置(8)に、最大時前記ホイールクレーン車(1)のほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与える

と共に、

k. 前記ブーム(4)の長さをブーム挿入部(6)を引き込める事により逐次縮小させ、前記ブーム挿入部(6)の先端を介して垂直方向の垂直分力を前記アースオーガーに加圧し

つつ

l. 杭打等を行う

m. ホイールクレーン杭打工法。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり

4  審決の取消事由

審決は、本件訂正後の本件発明は、引用例1記載の発明及び周知慣用の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨判断して、本件訂正を認めなかったものである。

しかしながら、審決の上記判断は、本件訂正後の本件発明と引用例1記載の発明との相違点の判断を誤ってされたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)相違点2の判断の誤り

審決は、相違点2の判断において、「引用例1には、主ブームをクレーン本体に対して下回動させること、および、副ブームの先端を介して、アースオーガーに下向きの力を付与するとの記載があることからして、(中略)主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための何らかの手段を有する」旨認定している。

審決の上記認定は、引用例1の「回転駆動機構5に依りオーガースクリュー6を推進方向へ回転させる。同時に主ブーム25に対して副ブーム26を短縮させると共に主ブーム25をクレーン本体24に対して下回動させてアースオーガー2に下向きの力を付与する。」(4頁右上欄16行ないし左下欄1行)との記載を論拠とするものである。しかしながら、審決の上記認定は、アースオーガーに下向きの力を付与することに寄与するのは、主ブーム25を下回動させることのみとするものであって、オーガースクリュー6の回転及び副ブーム26の短縮の作用を全く無視しており、不当である。

また、本件発明の特許出願前の移動式クレーンは、重量物の吊下げ専用であったから、ブームを起伏する装置は当然に備えているが、それ以上に、ブームを下方に強く牽引することは危険であって、全く想定されていない。したがって、ブームを下回動させる力はブーム自体の重力のみであり、アースオーガーに下向きの力を付与する力もアースオーガー自体の重力のみである。したがって、引用例1記載の発明が「主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための何らかの手段を有する」旨の審決の上記認定は、根拠を欠くものである。審決が、前記のように、アースオーガーに付与される下向きの力は「副ブームの先端を介して」伝達されると認定しているのは、引用例1記載の発明が牽引装置を備えていることを前提としているからであるが、引用例1には、アースオーガーに付与される下向きの力が「副ブームの先端を介して」伝達されることを窺わせる記載は存在しない。

そして、審決は、引用例1記載の発明も、従来周知の油圧式トラッククレーンと同様に、ブーム俯仰手段としての油圧シリンダー装置、すなわち、牽引装置を有する旨判断している。

しかしながら、トラッククレーンの油圧シリンダー装置には、ブームに過度の下向きの力が加わって落下事故が生じないように、制御弁が組み込まれている。したがって、「ブーム俯仰手段としての油圧シリンダー装置」と「牽引装置」とが技術的に等価であるとする審決の上記判断は、技術的に明白な誤りである。

(2)相違点3の判断の誤り

審決は、相違点3の判断において、ショベル系の油圧式掘削機において、ブームの先端に設けた掘削用アタッチメントに車体本体の重量を付加させ、地面への押込み力、すなわち掘削力を増大させることな慣用手段である旨認定している。

しかしながら、本件発明の特許出願前に上記の手段が慣用されていた事実は存在しないから、これを前提とする相違点3の判断は誤りである。

第3  被告らの主張

原告の主弾1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  相違点2の判断について

原告は、本件発明の特許出願前の移動式クレーンは、重量物の吊下げ専用であって、ブームを下方に強く牽引することは想定されておらず、アースオーガーに下向きの力を付与する力はアースオーガー自体の重力のみであるから、引用例1記載の発明が「主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための何らかの手段を有する」旨の審決の上記認定は根拠を欠く旨主張する。

しかしながら、引用例1には、「アースオーガーの頭部をクレーン機のブーム先端に直結し、(中略)ブームの動作を利用してアースオーガーとともに被圧入物を垂直に土中に圧入する工法」(2頁左下欄2行ないし5行)と記載されているから、引用例1記載の発明において、アースオーガーの付与される下向きの力は、ブームの動作を利用して得るものであることが明らかであるから、アースオーガーに下向きの力を付与する力はアースオーガー自体の重力のみであるという原告の上記主張は誤りである。そして、引用例1記載の主ブーム25がクレーン本体24に対して下回動するためには、主ブーム25に対して下向きの力が印加される必要があるから、そのための手段として牽引装置を想定することには、技術的に合理性があるというべきである。

この点について、原告は、審決が引用例1記載の発明についてアースオーガーに付与される下向きの力は「副ブームの先端を介して」伝達されると認定しているが、引用例1には、アースオーガーに付与される下向きの力が「副ブームの先端を介して」伝達されることを窺わせる記載は存在しない旨主張する。

しかしながら、引用例1には、

a  「主ブーム25にはこれに伸縮自在に設けられた少なくとも一つの副ブーム26があり」(3頁右下欄8行、9行)

b  「最先の副ブーム26の先端にはアースオーガー2の頭部を直接連結する。」(3頁右下欄20行ないし4頁左上欄1行)

c  「主ブーム25に対して副ブーム26を短縮させると共に主ブーム25をクレーン本体24に対して下回動させてアースオーガー2に下向きの力を付与する。」(4頁右上欄18行ないし左下欄1行)と記載されており、下回動される主ブーム25の力が、副ブーム26、アースオーガー2の順に伝達されることは文理上明らかである。したがって、引用例1には、アースオーガーに付与される下向きの力が「副ブームの先端を介して」伝達されることが実質的に記載されているというべきである。

2  相違点3の判断について

原告は、ショベル系の油圧式掘削機において、ブームの先端に設けた掘削用アタッチメントに車体本体の重量を付加して掘削力を増大させる手段が、本件発明の特許出願前に慣用されていた事実は存在しない旨主張する。

しかしながら、審決認定の上記手段は、本件発明の特許出願前から、固い地盤を掘削する際等に多用されているものであるから、原告の上記主張も、失当である。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告らも認めるところである。

第2  甲第2号証(本件訂正前の特許公報)によれば、本件訂正前の本件発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面A参照)。

1  技術的課題(目的)

本件発明は、地盤に所要の杭穴を掘り、その中に既製杭等を挿入して基礎を作る、ホイールクレーン杭打工法に関するものである(1欄25行ないし27行)。

無振動・無騒音の基礎工法として、何らかの方法により地盤を削孔して生コンクリートを打設する、場所打ち杭工法があるが、アースオーガーを使用する方法もその1つである(2欄5行ないし14行)。

これは、シャフトの周囲にスパイラル状の羽根を取り付けたスクリューを回転させ、先端の刃先を土中に食い込ませながら連続的に掘削する方法である(2欄20行ないし24行)。しかしながら、スクリューを押し込む力が十分でないので、硬い地盤の掘削は困難であり、アースオーガーにウエイトを載せ押込み力を増加する方法も、構造上の制約がある(3欄14行ないし18行)。

本件発明の目的は、硬い岩盤にも圧入できるホイールクレーン杭打工法を創案することである(3欄24行、25行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし19行)。

3  作用効果

本件発明によれば、牽引装置、ブーム等の自重による押圧力を、垂直に打杭又は掘進方向に作用させることができる(5欄12行ないし14行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

原告は、審決の相違点2の判断について、引用例1記載の発明が「主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための何らかの手段を有する」旨の審決の認定は根拠を欠くのみならず、「ブーム俯仰手段としての油圧シリンダー装置」と「牽引装置」とが技術的に等価であるとする審決の判断は技術的に明白な誤りである旨主張するので、まずこの点を判断する。

原告の上記主張は、本件発明の特許出願前の移動式クレーンは、重量物の吊下げ専用であって、ブームを起伏する装置は当然に備えているが、ブームを下方に強く牽引することは危険であって全く想定されていないから、ブームを下回動させる力はブーム自体の重力のみであり、アースオーガーに下向きの力を付与する力もアースオーガー自体の重力のみであること、油圧シリンダー装置には、ブームに過度の下向きの力が加わって落下事故が生じないように、制御弁が組み込まれていることを論拠とするものである。

1  甲第5号証によれば、引用例1記載の発明は「圧入工法友びその装置」に関するものであって、同引用例には、次のような記載があることが認められる(別紙図面B参照)。

a  「圧入工法に供される装置のほとんどは垂直に樹立されたマストに案内支持されてアースオーガーが昇降するように為されている。(中略)従って施工現場の変更の都度、マストの組立及び分解を履行せねばならず、多くの時間と人手を要すると共に、同装置が占める床面積並びに高さが相当大きい為、狭隘な場所での施工が非常に難しかった。又、特開昭50-30314号の様にクレーン機にてアースオーガーを吊下げる場合もあるが、ワイヤーにて懸吊されるアースオーガーは揺動し易く、真直に圧入することが難しい欠点があった。何れにしてもクレーン機のブームの動作をアースオーガー並びに被圧入物の推進に直接利用する事は為されていなかった。」(2頁右上欄3行ないし20行)

b  「本発明は叙上の問題点に鑑みこれを解消する為に創案されたもので、その主たる目的はアースオーガーの頭部をクレーン機のブーム先端に直結し、前記ブームの動作を利用してアースオーガーと共に被圧入物を垂直に土中に圧入する工法を提供するにある。」(2頁左下欄1行ないし6行)

c  「本発明に依ればクレーン機のブームに依り直接アースオーガーを支持し、然もこの作動力を活用する様にしたので、効率の良い圧入が期待できると共に、従来の様なマストが不要であるからこれの組立及び分解をする必要がない。」(4頁右下欄18行ないし5頁左上欄3行)

以上の記載によれば、引用例1記載の発明は、アースオーガーの頭部をブームの先端に直結することによって、アースオーガーが揺動しないように支持し、ブームの動作を利用して、アースオーガー等を土中に圧入するものであると認められる。しかしながら、引用例1によれば、引用例1記載のクレーン機が従来技術とは異なる特別の構造を有していることを窺わせる記載はないと認められるから、同クレーン機の主ブームの起伏動作あるいは副ブームの伸縮動作は、通常のクレーン機が備えている油圧機構によって行われるものと考えざるをえないのである。

2  甲第14号各証によれば、社団法人日本建設機械化協会編「建設機械用 油圧機器ハンドブック」(株式会社技報堂昭和50年8月20日発行)には、「ブーム起伏、伸縮装置」と題して、「ポンプから送られた圧力油は、リリーフバルブを通り、切換弁の操作によりブームの起伏、または伸縮を行なわせるがシリンダの保持はカウンタバランスバルブをシリンダに直結して組み込み、万一、ホースなどの配管が破れた場合でもブームが落下または急に縮むことがないようにしてある(後略).」(140頁32行ないし141頁4行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、油圧機器におけるブームの起伏動作は圧力油の切換えによって行われることが明らかであるが、ブームの下降動作も、ブームの自重及び吊下げ物の重量を担持しながら行われるのであるから、これを下方への「牽引」ということができないのは当然である。

3  また、甲第13号各証によれば、昭和51年8月5日労働省告示第81号「移動式クレーン構造規格」には、「(安全弁等)

第28条 水圧、油圧又は蒸気圧を動力として用いるつり上げ装置、起伏装置及び伸縮装置は、水圧、油圧又は蒸気圧の過度の上昇を防止するための安全弁を備えるものでなければならない。

2 前項のつり上げ装置、起伏装置及び伸縮装置は、水圧、油圧又は蒸気圧の異常低下によるつり具等の急激な降下を防止するための逆止め弁を備えるものでなければならない。(後略)」

と規定されていることが認められる。

この記載によれば、移動式クレーンの起伏装置等には急激な降下を防止するための逆止め弁が備えられなければならないが、この逆止め弁が、通常の下降動作を越える急激な下降動作が生じないように設定されるべきことは当然である。そして、引用例1記載のクレーン機において、主ブームを下方に「牽引」しようとすれば、通常の下降動作に必要な油圧を越える高い油圧が必要になることは明らかであるが、引用例1記載のクレーン機の起伏装置等に備えられている逆止め弁が、そのように高い油圧をも許容するように設定されていると認める理由は全く存在しない。

4  以上のとおりであるから、引用例1に、相違点2に係る本件訂正後の本件発明の構成、すなわち、「牽引装置により、ブーム本体を牽引しブームに曲げモーメントを与え」る構成が記載されていると認めることはできない。

5  そうすると、本件訂正を認めなかった審決の判断は、原告主張のその余の点を論ずるまでもなく、誤りであり、この誤りは、本件発明の技術内容を本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて認定し、その新規性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年2月2日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面A

<省略>

1……ホイールクレーン車、2……車台、3……クレーン本体、4……ブーム、5……ブーム本体、6……挿入部、7……牽引シリンダー装置、8……アースオーガー装置、9……ロツド

別紙図面B

<省略>

1……圧入装置

2……アースオーガー

3……被圧入物

4……クレーン機

5……回転駆動機構

6……オーガースクリュー

7……ケーシング

8……旋回機構

12……掛金具

21……掛片

24……クレーン本体

25……主ブーム

26……副ブーム

27……ウインチ

33……ワイヤー

理由

Ⅰ.(本件特許第1467438号発明)

本件特許第1467438号発明(以下、本件特許発明と言う。)は、昭和58年11月29日に特許出願され、昭和62年8月5日に特公昭62-36088号として出願公告され、昭和63年11月30日に特許登録されたものである。

Ⅱ.(当事者の主張)

(1)(請求人の主張及び提出した証拠方法)

本件特許発明は、甲第1号証~甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第1項第3号の規定に該当または特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項の規定によってその特許は無効とされるべきものである旨主張している。

そして、請求人は、前記主張事実を立証する証拠方法として甲第1~3号証(甲第1号証:特開昭55-142826号公報、甲第2号証:土木学会監修「建設機械」、P.472-474、昭和46年10月15日発行、(株)技報堂、甲第3号証:実公昭45-18857号公報)を提出している。

(2) (被請求人の主張)

被請求人は、本件審判請求を却下する、費用は請求人の負担とするとの審決を求める旨主張するとともに、平成7年2月6日(なお、提出された訂正請求書には、平成6年2月6日と提出の年月日が記載されているが、本審判事件の手続きの経緯すなわち審判事件答弁書の提出日および特許庁での受付日印からみて、前記のように提出の年月日を認定した。)付けで訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正しようとするものである。

そして、被請求人の請求した平成7年2月6日付けで訂正請求書に添付した訂正明細書における訂正請求後の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。

「a.走行できる車台(2)上に架設されたクレーン本体(3)が水平面上で回転自在に設けられ、

b.前記クレーン本体(3)には起伏自在にブーム本体(5)の一端を枢支し、

c.前記ブーム本体(5)の先端にはブーム挿入部(6)を出没自在に設けてブーム(4)を長さの方向に伸縮自在にし、

d.前記ブーム挿入部(6)の先端に連結したアースオーガー装置(8)を有する

e.ホイールクレーン車(1)を用いる

f.ホイールクレーン杭打工法において、

g.前記アースォーガー装置(8)に取り付けた掘進用のスパイラルスクリユー(11)に、

h.前記ブーム本体(5)と前記クレーン本体(3)との間に設けた前記牽引装置により、

i.前記ブーム本体(5)を牽引し前記ブーム(4)に曲げモーメントを与えて、

j.前記挿入部(6)の先端を介して、前記アースオーガー装置(8)に、最大時前記ホイールクレーン車(1)のほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与えると共に、

k.前記ブーム(4)の長さをブーム挿入部(6)を引き込める事により逐次縮小させ、前記ブーム挿入部(6)の先端を介して垂直方向の垂直分力を前記アースオーガーに加圧しつつ

l.杭打等を行う

m.ホイールクレーン杭打工法。」

Ⅲ.(当審における訂正拒絶理由通知)

上記訂正請求に対して、当審において通知した平成7年9月20日付けの訂正拒絶の理由は、以下の通りである。

「本件特許の出願前に日本国内において頒布された特開昭55-142826号公報(以下、「引用例1」と云う。)には、

走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、前記クレーン本体には起伏自在に主ブームの一端を枢着し、前記主ブームには、副ブームを出没自在に設けてブームを長さ方向に伸縮自在であると共に前記車台に対して俯仰回動し、前記副ブームの先端に連結したアースオーガーを有するトラッククレーン車を用いる杭圧入工法において、前記アースオーガーに取り付けた掘進用のオーガースクリューに、主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、前記副ブームの先端を介して、前記アースオーガーに下向きの力を付与すると共に、前記ブームの長さを副ブームを引き込める事により逐次縮小させ、前記副ブームの先端を介して下向きの力を前記アースオーガーに加えつつ、杭打等を行う杭圧入工法、が記載されている。

そして、本件訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明(以下、本件訂正後の発明」と云う。)と前記引用例1に記載された発明とを対比すると、両者は、下記の点で相違し、その他の構成では実質的な差異がない。

相違点1).

本件訂正後の発明では、ホイールクレーン車を用いる杭圧入工法であるのに対して、引用例1に記載された発明では、トラッククレーン車を用いる杭圧入工法である点。

相違点2).

本件訂正後の発明では、アースオーガーに取り付けた掘進用のオーガースクリューに、ブーム本体とクレーン本体との間に設けた牽引装置により、ブーム本体を牽引しブームに曲げモーメントを与えているのに対して、引用例1では、ブーム本体とクレーン本体との間に牽引装置を設けているかどうかが不明である点。

相違点3).

本件訂正後の発明では、ブーム本体とクレーン本体との間に設けた牽引装置により、ブーム本体を牽引しブームに曲げモーメントを与えて、ブーム挿入部の先端を介して、アースオーガー装置に、最大時ホイールクレーンのほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与える、ものであるのに対して、

引用例1では、主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、副ブームの先端を介して、アースオーガーに下向きの力を付与するものではあるものの、アースオーガー装置に、最大時ホイールクレーンのほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与える、ものであるか否かが不明である点。

そして、前記相違点について検討すると、

相違点1).について、

ホイールクレーンもトラッククレーンも共に車輪で走行する走行式の移動クレーンとして引用例を上げるまでもなく従来周知のものであり、トラッククレーンに代えてホイールクレーンを採用することは、当業者が適宜なし得る程度のことと認める。

相違点2).について、

引用例1には、主ブームをクレーン本体に対して下回動させること、および、副ブームの先端を介して、アースオーガーに下向きの力を付与するとの記載があることからして、直接的な記載はないものの、主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための何らかの手段を有するものである。一方、油圧式のドラッククレーンにおいて、ブーム本体とクレーン本体との間にブーム俯仰手段としての油圧シリンダー装置を設け、この油圧シリンダー装置を操作してブームを上・下回動させることは、従来周知(もし必要であれば、社団法人日本建設機械化協会、建設機械用『油圧機器ハンドブック』、昭和50年8月第1版発行、株式会社技報堂、第138~141頁『5.2.8油圧式トラッククレーン』の『図-5.36ブーム装置』およびその『説明』の記載参照)であることからして、引用例1におけるトラッククレーンも、主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための手段として、上記従来周知の油圧式のトラッククレーンと同様にブーム俯仰手段としての油圧シリンダー装置すなわち牽引装置を有するものである。

相違点3).について、

本件訂正後の発明が、牽引装置により、ブーム本体を牽引しブームに曲げモーメントを与えて、ブーム挿入部の先端を介して、アースオーガー装置に、最大時ホイールグレーンのほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与えるようにした点については、建設機械であるショベル系の油圧式掘削機の車体に起伏自在に枢支したブームを、車体とブームとの間に設けた油圧シリンダー装置により牽引してブームを下回動させ、ブームの先端に設けた掘削用アタッチメントを地面に押しつけると共に、更にブームを下回動させることにより車体の前方を浮き上がらせ、ブームの先端に設けた掘削用アタッチメントに車体本体の重量を付加させ地面への押込力すなわち掘削力を増大させることは、ショベル系の油圧式掘削機においてよく用いられている慣用手段である。

そうすると、前記相違点3)は、引用例1に慣用手段を適用することにより、当業者が、容易になし得る程度のものと認められる。

したがって、本件訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、その出願前に日本国内において頒布されたことが明らかな刊行物である引用例1に記載された発明と、建設機械における従来周知の技術手段および慣用手段に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本件訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、本件特許の出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件審判の請求は、特許法第126条第3項の規定に適合しない。」、と云うものである。

なお、当審における訂正拒絶理由通知書において、末文で『したがって、本件訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、本件特許の出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件審判の請求は、特許法第126条第3項の規定に適合しない。』と通知したが、これは、「したがって、本件訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、本件特許の出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正の請求は、特許法第123条第1項第7号に該当し、訂正の請求は認められない。」の誤りであった。

これについて、被請求人奥田朔鷹は、“本件訂正の請求は、特許法第123条第1項第7号に該当し、訂正の請求は認められない。”に基づいた応答をしているので、当審における訂正拒絶理由通知書における文末を、上記のように訂正して審理する。

Ⅳ.(当審における訂正拒絶理由に対する被請求人の意見害における主張および当審での判断)

(1) (訂正拒絶理由害における「相違点2).」、「相違点2).について」の検討に対して)

「引用例1のブーム俯仰手段は、前述の如く、本件特許発明で言う所の『牽引装置』ではないことを、強く主張するものであります。

第一に、引用例1には、本件特許発明の意味における『牽引装置』が一言半句も記載されておりません。・・・略・・・『油圧機器ハンドブック』記載の『トラッククレーン機』が油圧シリンダー装置を具備していたとしましても、それだけでは、その油圧シリンダー装置が下向きの強力な牽引力を発生することにはならないのであります。

理由は凡そ二つあります。

その1は、一般の油圧シリンダー装置には、下回動の際の事故防止の為、安全弁が設けられており、従って余分な下回動力は発生し得ない様に構成されているからであります。

その2は、一般のブームは下回動力を利用する様には設計されてはいないので、強力な牽引力で下向きに駆動しますと破壊されてしまうからであります。」(平成8年1月24日差出しの意見書第7頁第3~22行の記載参照)と述べているが、たしかに、被請求人が主張するように引用例1には、『牽引装置』について直接的に記載されていないが、引用例1については前述したように、“主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、前記副ブームの先端を介して、前記アースオーガーに下向きの力を付与する”(公開公報第4頁右上欄第19行~左下欄第1行の記載参照)と、積極的にブームをクレーンに対して下回動させることにより、ブームの先端を介してアースオーガーに下向きの力を付与するものであることからして、引用例1のものもブームを下向きに牽引するための牽引装置を有しており、この牽引装置によりブームを下向きに牽引する力を付与するものであることは明らかである。

したがって、前記「Ⅲ.(当審における訂正拒絶理由通知)」の「相違点2).について、」で述べたように引用例1のものもブームを下向きに牽引するための牽引装置を有しているものと認められ、この点について前記相違点は認められない。

(2) (訂正拒絶理由書における「相違点3).」、「相違点3).について」の検討に対して)

「第一に、引用例1には、従来のトラッククレーン機を改変したとの記載は皆無であります。従いまして、引用例1の発明(以下単に『引用発明1』という。)にはブーム下回動乃至降下力を増大させた形跡は皆無であります。……略……

第二に、引用例1には、『而して、(中略)図面では二つの副ブームがある場合を例示している。これら副ブーム26は例えば(中略)ローブと滑車を組合せた機構に依り作動される』(10欄8~12行参照)との記載があります(略)。この記載は、引用例1の発明者が、『アースオーガー装置に、最大時ホイールクレーンのほば全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力を与える』という思想を形成していなかった事の何よりの証左であります。

ロープと滑車を組合せた機構を以ってしては、『アースオーガー装置に、最大時ホイールクレーンのほぼ全重量を利用した曲げモーメントに基づく垂直分力』に耐えることが何としても不可能だからであります。

第三に、引用例1には、<1>『ウィンチの巻取動作により各ブームに降下力を付与せしめ、アースオーガー並びに被圧入物の押入力を増大させたことを特徴とする』(特許請求の範囲第2項参照)、……略……等々の記載があります。これらの記載は、引用発明1では押入力が不足していることを、雄弁に物語るものであります。

仮に、引用例1のトラッククレーン機か本件特許発明と同様な押入力の発生に成功していたとするなら、上記<1><2><3>の如き公知の補助手段は何ら必要なく、従ってそれらに言及する必要もなかった筈であります。

第四に、……略……」(意見書第4頁第13行~第6頁第12行の記載参照)、「引用例1に下向きの強力な牽引力を発生させるという思想がなければ、たといシリンダー装置が『ショベル系の油圧式掘削機においてよく用いられている慣用手段』であったとしても、それを引用例1のトラッククレーン機に適用しようという発想は、決して生じ得ないところであります。」(意見書第8頁第9~13行の記載参照)と述べている。

しかしながら、被請求人が「第三に、引用例1には、<1>『ウインチの巻取動作により各ブームに降下力を付与せしめ、アースオーガー並びに被圧入物の押入力を増大させたことを特徴とする』(特許請求の範囲第2項参照)、……略……等々の記載かあります。これらの記載は、引用発明1では押入力が不足していることを、雄弁に物語るものであります。」と主張している点に関して検討すると、その前提条件として引用例1に、「2.圧入すべき被圧入物の近傍に既設の被圧入物がある場合に於て、クレーン機に装備されたウインチのワイヤー先端を該既設被圧入物に止結し、ウインチの巻取動作に依り各ブームに降下力を付与せしめ、……略……」(特許請求の範囲第2項参照)と記載されているように、“圧入すべき被圧入物の近傍に既設の被圧入物がある場合に於て”の条件下では、被請求人が主張するように被圧入物の押入力が併用されるのであり、この点において被請求人には誤解があり、被請求人の主張を採用することはできない。

Ⅴ.(当審の本件訂正請求書に対する判断)

したがって、本件訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、本件特許の出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正の請求は、特許法第123条第1項第7号に該当するので、当該訂正の請求を認めない。

よって、本件無効審判においては、訂正請求前の特許請求の範囲に記載されている事項を本件特許発明として本件無効審判を審理する。

訂正請求前の特許請求の範囲に記載されている事項は下記のとおりである。

「走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、前記クレーン本体には起伏自在にブームの一端を枢着し、前記ブームの先端にはブーム挿入部を出没自在に設け長さの方向に伸縮自在にし、前記挿入部の先端に連結したアースオーガー装置を有するホイールクレーン車を用いる杭打工法において、前記アースオーガー装置に取り付けた掘進用のスパイラルスクリユーに、前記ブームと前記クレーン本体との間に設けた前記牽引装置により、前記ブームを牽引しブームに曲げモーメントを与えて、前記挿入部の先端から前記アースオーガー装置に、前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて垂直分力を与えると共に、ブームの長さをブーム挿入部を引き込める事により逐次縮小させ、前記挿入部の朱端に垂直方向の垂直分力を前記アースオーガーに加圧しつつ杭打等を行うホイールクレーン杭打工法。」

Ⅵ.(各甲号証)

(1) 甲第1号証(特開昭55-142826号公報)には、

「1.クレーン本体に対して俯仰する主ブーム及びこれに対して伸縮若しくは俯仰回動する副ブームを備えたクレーン機の前記副ブームの先端に、回転駆動機構にて回転されるオーガースクリユーを備えたアースオーガーの頭部を枢結すると共に、前記アースオーガーには被圧入物を並置して保持させ、前記アースオーガの掘削と前記クレーン機の各ブームの動作に依り該アースオーガと被圧入物とを略垂直に土中へ推進し、所定深さに達すると被圧入物のみを土中に残存させてアースオーガを引抜く様にしたことを特徴とする圧入工法」(特許請求の範囲の項第1項の記載参照)、

「クレーン機4は種々の構造のものがあるが、定置式より移動式のものが望ましく、とりわけ第1図乃至第3図に示したトラツククレーン機が最も好ましい。これは周知の如くトラック22の荷台部分に旋回機構23を介してクレーン本体24が設置され、該本体24には俯仰回動する主ブーム25が枢設されている。而して主ブーム25にはこれに伸縮自在に設けられた少なくとも一つの副ブーム26があり、図番では二つの副ブームがある場合を例示している。これら副ブーム26は例えば流体圧シリンダや、ロープと滑車を組合わせた機構に依り作動される。」(公開公報第3頁左下欄下から第1行~右下欄第12行の記載参照)、「そして前記最先の副ブーム26の先端にはアースオーガー2の頭部を直接連結する。」(公開公報第3頁右下欄下から第1行~第4頁左上欄第1行の記載参照)、

「次に本発明の圧入装置」の作用及びこれを用いた圧入方法に就いて詳説する。

先ず、圧入すべき場所にクレーン機4を配置し、各ブーム25、26を伸長状態にしてアースオーガー2を垂直に樹立させる。

そしてクレーン機4が装備しているウインチ27を使って被圧入物3を吊上げ、その下端の掛片21を掛金具20に掛合させ、上端は挟持機構12にて掴持して第1図並びに第2図に示す如くアースオーガー2の側部にセットする。

次に、既に埋設された被圧入物3かある場合には第1図並びに第5図に示す如くこれに所定状態にて連続すべく旋回機構8を作動させて押入位置を決定し、回転駆動機構5に依りオーガースクリュー6を推進方向へ回転させる。

同時に主ブーム25に対して副ブーム26を短縮させると共に主ブーム25をクレーン本体24に対して下回動させてアースオーガー2に下向きの力を付与する。第3図はアースオーガー2と共に被圧入物3を所定深さまで没入させた状態を示す。

この様な状態に達すると挟持機構12を解放すると共にオーガースクリュー6を逆に作動させて被圧入物3のみを土中に残存させる。」(公開公報第4頁右上欄第2行~同頁左下欄第7行の記載参照)、

第1図と第2図、および第1図と第2図に基づく説明内容の記載からは、

走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、前記クレーン本体には起伏自在に主ブームの一端を枢着し、前記主ブームには副ブームを出没自在に設けてブームを長さ方向に伸縮自在であると共に前記車台に対して俯仰回動し、前記副ブームの先端に連結したアースオーガーを有するトラッククレーン車を用いる杭を圧入すること、前記アースオーガーに取り付けた掘進用のオーガースクリューに、主ブームをクレーン本体に対して下回動させて、前記副ブームの先端を介して、前記アースオーガーに下向きの力を付与すると共に、前記ブームの長さを副ブームを引き込める事により逐次縮小させ、前記副ブームの先端を介して下向きの力を前記アースオーガーに加えつつ、杭打等を行うこと、

が未々記載されている。

したがって、これらの記載から甲第1号証には、走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、前記クレーン本体には起伏自在に主ブームの一端を枢着し、前記主ブームには、副ブームを出没自在に設けてブームを長さ方向に伸縮自在であると共に前記車台に対して俯仰回動し、前記副ブームの先端に連結したアースオーガーを有するトラッククレーン車を用いる杭圧入工法において、前記アースオーガーに取り付けた掘進用のオーガースクリューに、主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、前記副ブームの先端を介して、前記アースオーガーに下向きの力を付与すると共に、前記ブームの長さを副ブームを引き込める事により逐次縮小させ、前記副ブームの先端を介して下向きの力を前記アースオーガーに加えつつ、杭打等を行う杭圧入工法、が記載されているものと認める。

(2) 甲第2号証(土木学会監修「建設機械」、P.472-474、昭和46年10月15日発行、(株)技報堂)には、

「4.4.2 トラッククレーン、ホイールクレーン、クレーン車

移動式クレーンのうち走行装置がタイヤ式のものが、トラッククレーン、ホイールクレーン、クレーン車である。」(第472頁の記載参照)と記載されているように、トラッククレーンもホイールクレーンも共に車輪で走行する走行式の移動クレーンとしてどちらも周知のものであることが、記載されている。

(3) 甲第3号証(実公昭45-18857号公報)には、

「本考案は軌道車或いは自動車等の運搬車に取付け特に電柱等の穴掘に使用するブーム垂直移動装置に関するもので、その目的とするところは、オーガーの先端を垂直に上下動させると共にその範囲を大幅に移動させる様にしたブーム垂直移動装置を提供しょうとするものである。又本考案の他の目的とするところは、ブーム起伏機構に油圧シリンダー等の伸縮機を使用し強力なる上下腕力を得ると共に機構的にも無理のないブーム垂直移動装置を提供しようとするものである。」(公告公報第1欄第19~29行の記載参照)、また、図面の第1~3図には、走行できる台車上に架設されたブームが台枠に水平面上で回転自在に設けられ、台枠には油圧シリンダーにより起伏自在にブームの一端を枢着し、台枠とブームとの間にブームを上下動させるとともにブームに強力なる上下腕力を与える油圧シリンダーを設け、ブームの先端に電柱等の穴掘りに使用するオーガーを有する掘削杆を取付けたブーム垂直移動装置、が記載されている。

したがって、これらの記載から、甲第3号証には、走行できる台車上に架設されたブームが台車上の台枠に水平面上で回転自在に設けられ、台枠には油圧シリンダーにより起伏自在にブームの一端を枢着し、ブームの先端に電柱等の穴掘りに使用するオーガーを有する掘削杵を取付けたブーム垂直移動装置において、台枠とブームとの間に油圧シリンダーによりブームに強力なる上下腕力を与えてオーガーにより穴を掘ることが記載されているものと認める。

Ⅶ.(当審の判断)

(1)(対比)

ここで、本件特許発明と甲第1号証とを対比する。

本件特許発明の「アースオーガー装置に取り付けた掘進用のスパイラルスクリュー」は、甲第1号証の「アースオーガーに取り付けた掘進用のオーガースクリュー」に相当するものと認められることから、

したがって、両者は、走行できる車台上に架設されたクレーン本体が水平面上で回転自在に設けられ、前記クレーン本体には起伏自在にブームの一端を枢着し、前記ブームの先端にはブーム挿入部を出没自在に設け長さの方向に伸縮自在にし、前記挿入部の先端に連結したアースオーガー装置を有するホイールクレーン車を用いる杭打工法において、前記アースオーガー装置に取り付けた掘進用のスパイラルスクリューに、ブームに曲げモーメントを与えて、前記挿入部の先端から前記アースオーガー装置に、垂直分力を与えると共に、ブームの長さをブーム挿入部を引き込める事により逐次縮小させ、前記挿入部の先端に垂直方向の垂直分力を前記アースオーガーに加圧しつつ杭打等を行うホイールクレーン杭打工法、の点で構成を同じくしており、両者は、下記の点で、構成を異にしているものと認められる。

<相違点1>

本件特許発明では、ホイールクレーン車を用いた杭打機であるのに対して、甲第1号証では、トラッククレーン車を用いた杭打機である点。

<相違点2>

本件特許発明では、アースオーガー装置に取り付けた掘進用のスパイラルスクリューに、ブーム本体とクレーン本体との間に設けた牽引装置により、ブームを牽引しブームに曲げモーメントを与えているのに対して、

甲第1号証では、ブーム本体とクレーン本体との間に牽引装置を設けているかどうかが不明である点。

<相違点3>

本件特許発明では、ブーム本体とクレーン本体との間に設けた牽引装置により、ブームを牽引しブームに曲げモーメントを与えて、前記挿入部の先端から前記アースオーガー装置に、前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて垂直分力を与える、ものであるのに対して、

甲第1号証では、ブームをクレーン本体に対して下回動させ、ブームの先端を介して、前記アースオーガーに下向きの力を付与するものではあるが、ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて垂直分力を与える、ものであるか否かが不明である点。

(2)(相違点の検討)

そこで、前記相違点について検討すると、

<相違点1>について、

ホイールクレーンもトラッククレーンも共に車輪で走行する走行式の移動クレーンとして甲第2号証にも記載されているように従来周知のものであり、トラッククレーンに代えてホイールクレーンを採用することは、当業者が適宜なし得る程度のことと認める。

<相違点2>について、

甲第1号証には、主ブームをクレーン本体に対して下回動させること、および、副ブームの先端を介して、アースオーガーに下向きの力を付与するとの記載があることからして、直接的な記載はないものの、主ブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための何らかの手段を有するものである。

そしてその手段として、走行できる台車上に架設されたブームが台車上の台枠に水平面上で回転自在に設けられ、台枠には油圧シリンダーにより起伏自在にブームの一端を枢着し、ブームの先端に電柱等の穴掘りに使用するオーガーを有する掘削杆を取付けたブーム垂直移動装置において、台枠とブームとの間に油圧シリンダーによりブームに強力なる上下腕力を与えてオーガーにより穴を掘ることは甲第3号証に記載されているように従来公知の技術手段であることからして、甲第1号証におけるトラッククレーンも、直接的な記載はないもののブームをクレーン本体に対して下回動させ、かつ、アースオーガーに下向きの力を付与するための手段として、上記甲第3号証に記載のものと同様の油圧シリンダー装置すなわち牽引装置を有するものである。

<相違点3>について、

本件特許発明が、ブーム本体とクレーン本体との間に設けた牽引装置により、ブームを牽引しブームに曲げモーメントを与えて、前記挿入部の先端から前記アースオーガー装置に、前記ホイールクレーン車のほぼ全重量を乗せて垂直分力を与えるようにした点については、建設機械であるショベル系の油圧式掘削機の車体に起伏自在に枢支したブームを、車体とブームとの間に設けた油圧シリンダー装置により牽引してブームを下回動させ、ブームの先端に設けた掘削用アタッチメントを地面に押しつけると共に、更にブームを下回動させることにより車体の前方を浮き上がらせ、ブームの先端に設けた掘削用アタッチメントに車体本体の重量を付加させ地面への押込力すなわち掘削力を増大させることは、ショベル系の油圧式掘削機においてよく用いられている慣用手段である。

そうすると、前記相違点3)は、甲第1号証に上記慣用手段を適用することにより、当業者が容易になし得る程度のものと認める。

よって、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明に従来公知である甲第2号証、甲第3号証に記載された技術手段および慣用の技術手段を組み合わせることにより、当業者が容易に想到できたものと認めることができ、特許法第29条第2項の規定に反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項の規定によりこの特許は無効とすべきである。

Ⅷ.(結び)

以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項の規定により無效とすべきものである。

また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第89条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。

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